こざかなの素

健康は大事

職を失うまでの経緯を振り返る

雇止めにより、2018年から無職生活が始まりました。
これはその前に派遣社員として就業していた頃の話です。

2017年の春に、所属部署の上司が変わりました。それまでは同じ部内の男性が入れ代わり立ち代わり管理職として籍を置いていましたが、その年は初めて他部署の女性が上司となりました。

初めて彼女が来た日、実はあまり良い印象を抱けませんでした。見た感じは至って普通で、強いて言えばすごく仕事が出来そうな人に見えました。決して悪い雰囲気ではないのに、直感というのか、とても厄介な感じがしたのを覚えています。

数日経って、その女性の上司から、担当している仕事以外もやるように、との指示が出ました。
仕事の内容は派遣会社を通して契約しているので、まずは営業さんに話を通してくれ、と思ったのですが、有無を言わさずその業務の研修が始まりました。

数人の派遣社員がAとBの2チームに分かれて行っていた業務を、全員がどの業務も出来るようにするとのことで、別チームの業務をお互い教え合うことになりました。
この時点で、私が担当していた業務は10年継続していました。1日の流れでどの時間帯に何をするか、イレギュラーな書類が発生した場合でも何をどうするのか、という段取りは全て頭に入っています。そこに研修として習う時間と教える時間をねじ込んでいくという形です。
私だけではなく、全員10年以上在籍している人たちなので、処理技術と共に当然年齢もそれなりに上がっていました。

その頃、長期契約の派遣社員が恐々としていたのは「3年ルール」でした。
何度か部署名は変更したものの、中身は同じ部署、同じ業務。これまでは契約更新の繰り返しで長期間働くことが出来ていました。

その「3年ルール」の不安が現実になったと思ったのは、年齢の若い新しい派遣社員が数名加わったこと。要するに、おばちゃんたちを追い出してお姉さんたちに働いてもらう、ということです。

新しく来た派遣社員たちは、AとB、両方の業務を一度に覚えることになり、古参の派遣社員はそのためのマニュアル作りもしなければならず、通常業務にも多大な影響が出ました。

慌ただしい日が何日か過ぎた頃、古参の派遣社員の一人が去っていきました。
契約更新されず、「雇止め」での退職でした。
その人は私より少し前に派遣社員として就業していたので、同じく10年選手です。いつもいた人が、次の日から姿が見えなくなるというのは何とも言えない寂しさがありました。

そして数日が過ぎ、2017年の夏。ちょうど今ぐらいの時期でした。
派遣会社の営業さんから呼ばれ、私も年末を持って契約更新なしで終了との旨を伝えられました。
思っていたより早かったな、と思うのと同時に、やはりあの件も影響したのだろうか、と思わずにはいられませんでした。

雇止めを伝えられる前に、上司から別室に呼ばれ、あることを尋ねられました。
「著名人の個人情報を閲覧したのは何故か?」という質問でした。

私が就業していた企業は富裕層向けの変額個人年金を扱う生命保険会社だったため、契約者には一般のお客様の他に著名人も何人かおられました。

保険会社の業務として、お客様の契約内容に伴う手続きの他に、税務署や弁護士協会、警察などからの契約者照会という仕事もありました。
簡単に言うと、〇〇さんはお宅の会社で何か保険契約してる? あるなら契約者名とか被保険者名とか保険金受取人とか契約金額を開示せよ、という問い合わせに文書で回答する業務です。
あくまでも“隙間業務”扱いであるため、メイン業務が立て込んでくるとそちらまで手が回らず、どんどん溜まってしまいます。

隙間仕事ゆえ、その照会業務は主に派遣社員が担当し、作成した文書を社員が確認するという流れで、管理職の上司はほぼ関与しないという形で進められていました。

過去に契約照会で裁判沙汰になりそうなほど大きなトラブルがありました。
その当時は書類作成後の社員チェックは入らず、派遣社員だけで完結させていたため、ミスに気付かず当該契約者からクレームが入ったのです。
上司は菓子折り持参でお客様に謝罪する事態となりました。
その事務ミスが発覚した以降、社員による二次チェック体制が始まった、という経緯があります。

このように、以前の(同じ部内の)上司は派遣社員が担当していた業務であることを把握していましたが、異動で他部署から新しく来た上司は「派遣社員が契約照会業務を担当している」ということすら知らなかったようです。

依頼主へ文書を作成して回答するには、端末からアクセスして契約者情報を確認しなければなりません。

「著名人の個人情報を閲覧したのは何故か?」

この質問を聞いた時、私は唖然とし、少し呆れてしまいました。
管理職なのに、派遣社員がどんな業務をしているか把握していないのか? と。
そして「著名人」とやらの判断基準は具体的に何なのか? という疑問も浮かびました。
(対象の契約者は芸能関係でテレビでもよくお見掛けする方です)

その方は誰もが知っている有名人だから、という括りで著名人と判断されたのでしょう。

個人情報の取り扱い方は定期的に行われるコンプライアンス研修で耳にタコが出来るほど聞いているし、業務上必要な時以外は、契約者情報を閲覧することはありません。

4月の初対面の時に感じた厄介感がここに来てつながりました。

この別室に呼ばれた件が雇止めの時期と重なったせいか、自分の中では何となく腑に落ちない出来事として心の奥に刻まれています。

 

派遣先として初めてこの会社を紹介された時、一度断ったのに数日後にまた紹介され、どんだけ人が集まらない会社なんだ、と思いながら面談を受けたら採用されてしまったという経緯があります。
当時は今のようにネットで自分からエントリーするのではなく、派遣会社が仕事の紹介電話をくれる時代でした(営業さんの話では「変額個人年金」という言葉が耳慣れない言葉のため辞退する人が多かったとかなんとか)。
私はこの会社に就業する前も生命保険会社で働いていたので、恐らく業界経験者として粘られたのではないかと思っています(笑)。

就業してから一か月の間に、同じ部署で社員と派遣の5人が次々に退職する現象に遭遇したり、仕事を教えてくれていた社員が鬱で休職したと思ったらそのまま産休に突入。と思ったらいつの間にか退職ということになっていて、「もしやブラック……?」という疑念がしばらく消えませんでした。

怪しいと思いつつ、自分も40代に突入していたため、辞めたら次探すのが大変だ、という理由だけで何とか踏ん張っていたら、結局予想以上に長期間勤めることになりました。

何だか苦手だな、と思う人も何人か出会いましたが、そんな人とも徐々に打ち解けて、最終的には相手の方が先に退職する、ということもありました。

 

仕事も繁忙期はとても大変でしたが(年末年始の休日は基本4日間)人間関係のいざこざはほとんどなく、上述の女性上司以外は本当に良い人ばかりに囲まれて働くことが出来ました。
派遣会社の営業さんから、会社側で直接雇用をする意思はないと聞いたので、無念ではありましたが50代突入直前に無職となりました。

 

その後の身の振り方は、過去記事にいろいろ綴っている通りです。

無職になった!

自分のために自由に使える時間が増えた!

地方で就業もいいかも!

そしたら足になる車の免許が必要だから教習所行こう!

免許取ったから本格的に就活だ!

その前に健康診断しておこう!

癌だった……

 

50代に入ってから新たな紆余曲折に遭遇しました。
病気との付き合い、予期せぬコロナ騒動、引きこもり状態からのカウンセリングを経て発達障害が分かり、現在は障害者の就労支援事業所(A型)にて短時間の労働をする生活になりました。
人生、本当にどう転ぶか分かりません。

ですが、まだまだ続きます。
何か少しでも楽しみを見つけて、のんびりゆっくり生きたいです。