こざかなの素

趣味は現実逃避

告知後—持病回想録(3)

(前回のお話)

kozakanam.hatenablog.com

撮影された画像を確認した後、先生は神妙な面持ちのまま「乳癌です」と教えてくれました。

告知後の流れ

これまで大きな病気にかかったことがなく、インフルエンザすら罹患したことのない私は、心のどこかに自分は癌にはならないだろう、という何の根拠もない自信を持っていました。
クリニックを訪れる前は、万が一ということもあるから覚悟だけはしておこう、でもたぶん何でもないだろう、と、まるで天使と悪魔が拮抗した闘いを繰り広げているかのような心境でした。
それが今目の前にいる先生からはっきりと「癌です」と告げられた。
その時は不思議と驚きはなく、「ああ、そうですか」と淡々とした受け答えをしたことを覚えています。
ほんの数秒の間にさまざまな思い(まさか・やっぱりそうか・終活!?)が頭の中で攪拌され、結果、思考が完全に停止した状態で絞り出された言葉だったのだと、冷静になった今はそう考えています。

冷静ついでに思ったことがもうひとつ。
告知のタイミングは、一般的に針生検で組織を取り出し、診断が確定した後に行われるようですが、私はマンモとエコーだけで告知されました。
当時は何の知識もなかったので気にも留めませんでしたが、画像診断で悪性と断言出来るのは、先生がそれだけ多くの症例を見てきたこと、しこりの大きさ、脇の下にも塊があったこと(リンパ節転移)、皮膚の赤み(皮膚浸潤)が関係していたのではないかと思っています。

かなり大きくなった腫瘍は「手術出来ない」と言われ、思考停止に拍車をかけました。
クリニックを出た後、次に考えたのは「いつどうやって親に伝えるか」でした。

初めて受診した日が連休に入る直前だったので、休み明けに再びクリニックを訪れ、連携先である大学病院への紹介状を受け取る予定でした。自分自身が混乱している状態なので、まずは自分の気持ちを落ち着かせ、今後の流れなどはっきり分かってからの方がショックは多少和らぐだろうと考えて、親には連休明けのクリニックの診察が済んだら連絡しようと思っていました。

ところが診察の翌日、連休初日に親から連絡が来ました。
私が告知を受けた前日、認知症で施設に入っていた伯母が鬼籍に入ったとのことでした。

何、この絶妙なタイミング! と驚きと同時に、私は伯母から命を貰ったような気がしました。
会話の流れを利用して、「実は…」と切り出した時は、自分が告知される以上に辛かったのを覚えています。
連休明けに一人で行く予定だったクリニックには、急遽親が同行することになり、一緒に診察室に入り先生からの説明を受けました。
私は連休中に病気のことをいろいろ調べまくったおかげか、この時点でかなり落ち着きを取り戻せていたのですが、案の定、親は半ば放心状態になり、先生の説明も耳に入っていない様子でした。

その2日後、紹介状とクリニックで撮影した画像を持参し、連携先の大学病院へ向かいました。そこで初めて今の主治医となるK先生と出会いました。

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